一 問題
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。なお,【資料1】の供述内
容は信用できるものとし,【資料2】の捜索差押許可状は適法に発付されたものとする。
【事 例】
1 警察は,平成21年1月17日,軽自動車(以下「本件車両」という。)がM埠頭の海中に沈ん
でいるとの通報を受け,海中から本件車両を引き上げたところ,その運転席からシートベルトを
した状態のVの死体が発見された。司法解剖の結果,Vの死因は溺死ではなく,頸部圧迫による
窒息死であると判明した。警察が捜査すると,埠頭付近に設置された防犯カメラに本件車両を運
転している甲野太郎(以下「甲」という。)と助手席にいるVの姿が写っており,その日時が同年
1月13日午前3時5分であった。同年1月19日,警察が甲を取り調べると,甲は,Vの頸部
をロープで絞めて殺害し,死体を海中に捨てた旨供述したことから,警察は,同日,甲を殺人罪
及び死体遺棄罪で逮捕した。勾留後の取調べで,甲は,Vの別居中の妻である乙野花子(以下「乙」
という。)から依頼されてVを殺害したなどと供述したため,司法警察員警部補Pは,その供述を
調書に録取し,【資料1】の供述調書(本問題集8ページ参照)を作成した。
2 警察は,前記供述調書等を疎明資料として,殺人,死体遺棄の犯罪事実で,捜索すべき場所を
T化粧品販売株式会社(以下「T社」という。)事務所とする捜索差押許可状の発付を請求し,裁
判官から【資料2】の捜索差押許可状(本問題集9ページ参照)の発付を受けた。なお,同事務
所では,T社の代表取締役である乙のほか,A及びBら7名が従業員として働いている。
Pは,5名の部下とともに,同年1月26日午前9時,同事務所に赴き,同事務所にいたBと
応対した。乙及びAらは不在であり,Pは,Bを介して乙に連絡を取ろうとしたが,連絡を取る
ことができなかったため,同日午前9時15分,Bに前記捜索差押許可状を示して捜索を開始し
た。Pらが同事務所内を捜索したところ,電話台の上の壁にあるフックにカレンダーが掛けられ
ており,そのカレンダーを外すと,そのコンクリートの壁にボールペンで書かれた文字を消した
跡があった。Pらがその跡をよく見ると,「1/12△フトウ」となっており,「1/12」と「フトウ」
という文字までは読み取ることができたが,「△」の一文字分については読み取ることができなか
った。そこで,Pらは,壁から約30センチメートル離れた位置から,その記載部分を写真撮影
した[写真①]。
3 同事務所内には,事務机等のほかに引き出し部分が5段あるレターケースがあり,Pらがその
レターケースを捜索すると,その3段目の引き出し内に預金通帳2冊,パスポート1通,名刺
10枚,印鑑2個,はがき3枚が入っていた。Pが,Bに対し,その引き出しの使用者を尋ねた
ところ,Bは,「だれが使っているのか分かりません。」と答えた。そこで,Pらがその預金通帳
2冊を取り出して確認すると,1冊目はX銀行の普通預金の通帳で,その名義人はAとなってい
て,取引期間が平成20年6月6日からであり,現在も使われているものであった。2冊目はY
銀行の普通預金の通帳で,その名義人はAとなっていて,取引期間が平成20年10月10日か
らであり,現在も使われているものであった。X銀行の預金口座には,不定期の入出金が多数回
あり,その通帳の平成21年1月14日の取引日欄に,カードによる現金30万円の出金が印字
されていて,その部分の右横に「→T.K」と鉛筆で書き込まれていたが,そのほかのページには
書き込みがなかった。また,Y銀行の預金口座には,T社からの入金が定期的にあり,電気代や
水道代などが定期的に出金されているほか,カードによる不定期の現金出金が多数回あった。そ
の通帳には書き込みはなかった。次に,Pらがその引き出し内にあるパスポートなどを取り出し,
それらの内容を確認すると,パスポートの名義が「乙野花子」で,名刺10枚は「乙野花子」と
印刷されており,はがき3枚のあて名は「乙野花子」となっていた。印鑑2個は,いずれも「A」
と刻印されていて,X銀行及びY銀行への届出印と似ていた。Pらは,その引き出し内にあった
ものをいずれも元の位置に戻した上,その引き出し内を写真撮影した。
4 引き続き,Pらは,X銀行の預金通帳を事務机の上に置き,それを写真撮影しようとすると,
Bは,「それはAさんの通帳なので写真を撮らないでください。」と述べ,その写真撮影に抗議し
た。しかし,Pらは,「捜査に必要である。」と答え,その場で,その表紙及び印字されているす
べてのページを写真撮影した[写真②]。さらに,Pらは,Y銀行の預金通帳を事務机の上に置き,
同様に,その表紙及び印字されているすべてのページを写真撮影した[写真③]。なお,Pらは,
X銀行の預金通帳を差し押さえたが,Y銀行の預金通帳は差し押さえなかった。
5 次に,Pらは,パスポート,名刺,はがき及び印鑑を事務机の上に置き,パスポートの名義の
記載があるページを開いた上,そのページ,名刺10枚,はがき3枚のあて名部分及び印鑑2個
の刻印部分を順次写真撮影した[写真④]。なお,Pらは,そのパスポート,名刺,はがき及び印
鑑をいずれも差し押さえず,捜索差押えを終了した。
6 その後,捜査を継続していたPらは,平成21年2月3日,甲の立会いの下,M埠頭において,
海中に転落した本件車両と同一型式の実験車両及びVと同じ重量の人形を用い,本件車両を海中
に転落させた状況を再現する実験を行った。なお,実験車両は,本件車両と同じオートマチック
仕様の軽自動車であり,現場は,岸壁に向かって約1度から2度の下り勾配になっていた。
Pらは,甲に対し,犯行当時と同じ方法で実験車両を海中に転落させるよう求めると,甲は,
本件車両を岸壁から約5メートル離れた地点に停車させたと説明してから,その地点に停車した
実験車両の助手席にある人形を両手で抱えて車外に持ち出した。甲は,その人形を運転席側ドア
まで移動させてから車内の運転席に押し込み,その人形にシートベルトを締めた。そして,甲は,
運転席側ドアから車内に上半身を入れ,サイドブレーキを解除した上,セレクトレバーをドライ
ブレンジにして運転席側ドアを閉めた。すると,同車両は,岸壁に向けて徐々に動き出し,前輪
が岸壁から落ちたものの,車底部が岸壁にぶつかったため,その上で止まり,海中に転落しなか
った。甲は,同車両の後方に移動し,後部バンパーを両手で持ち上げ,前方に重心を移動させる
と,同車両が海中に転落して沈んでいった。その後,Pらが海中から同車両を引き上げ,その車
底部を確認したところ,車底部の損傷箇所が同年1月17日に発見された本件車両と同じ位置に
あった。
7 Pは,この実験結果につき,実況見分調書を作成した。同調書には,作成名義人であるPの署
名押印があるほか,実況見分の日時,場所及び立会人についての記載があり,実況見分の目的と
して「死体遺棄の手段方法を明らかにして,証拠を保全するため」との記載がある。加えて,実
況見分の経過として,写真が添付され,その写真の下に甲の説明が記載されている。
具体的には,岸壁から約5メートル離れた地点に停止している実験車両を甲が指さしている場
面の写真,甲が両手で抱えた人形を運転席に向けて引きずっている場面の写真,甲が運転席に上
半身を入れて,サイドブレーキを解除し,セレクトレバーをドライブレンジにした場面の写真,
同車両の前輪が岸壁から落ちたものの車底部が岸壁にぶつかってその上で同車両が止まっている
場面の写真,甲が同車両の後部バンパーを両手で持ち上げている場面の写真,同車両が岸壁から
海中に転落した場面の写真,同車両底部の損傷箇所の位置が分かる写真が添付されている。そし
て,各写真の下に「私は,車をこのように停止させました。」,「私は,助手席の被害者をこのよう
に運転席に移動させました。」,「私は,このようにサイドブレーキを解除してセレクトレバーをド
ライブレンジにしました。」,「車は,このように岸壁の上で止まりました。」,「私は,このように
車の後部バンパーを持ち上げました。」,「車は,このように海に転落しました。」,「車の底には傷
が付いています。」との記載がある。
8 その後,同年2月9日,検察官は,被告人甲が乙と共謀の上,Vを殺害してその死体を遺棄し
た旨の公訴事実で,甲を殺人罪及び死体遺棄罪により起訴した。被告人甲は,第一回公判期日に
おいて,「自分は,殺人,死体遺棄の犯人ではない。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,
検察官が,前記実況見分調書につき,「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」とい
う立証趣旨で証拠調べ請求したところ,弁護人は,その立証趣旨を「被告人が本件車両を海中に
沈めて死体遺棄したこと」であると考え,証拠とすることに不同意の意見を述べた。
〔設問1〕 [写真①]から[写真④]の写真撮影の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論
じなさい。
〔設問2〕 【事例】中の実況見分調書の証拠能力について論じなさい。
【資料1】
供 述 調 書
本籍,住居,職業,生年月日省略
甲 野 太 郎
上記の者に対する殺人,死体遺棄被疑事件につき,平成21年1月24日○○県□□警察署におい
て,本職は,あらかじめ被疑者に対し,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調
べたところ,任意次のとおり供述した。
1 私は,平成21年1月13日午前2時ころ,V方前の道で,Vの首をロープで絞めて殺し,その
死体を海に捨てましたが,私がそのようなことをしたのは,乙からVを殺すように頼まれたからで
した。
2 私は,約2年前に,クリーニング店で働いており,その取引先に乙が経営していたT化粧品販売
という会社があったため,乙と知り合いました。私は,次第に乙に惹かれるようになり,平成19
年12月ころから,乙と付き合うようになりました。乙の話では,乙にはVという夫がいるものの,
別居しているということでした。
3 平成20年11月中旬ころ,私は,乙から「Vに3000万円の生命保険を掛けている。Vが死
ねば約2000万円ある借金を返すことができる。報酬として300万円をあげるからVを殺し
て。」と言われました。私は,最初,乙の冗談であると思いましたが,その後,乙と話をするたびに
何回も同じ話をされたので,乙が本気であることが分かりました。そのころ,私にも約300万円
の借金があったため,報酬の金が手に入ればその借金を返すことができると思い,Vを殺すことに
決めました。そこで,平成21年1月11日午後9時ころ,乙から私に電話があったとき,私は,
乙に「明日の夜,M埠頭で車の転落事故を装ってVを殺す。」と言うと,乙から「お願い。」と言わ
れました。
4 1月12日の夜,私がV方前の道でVを待ち伏せしていると,翌日の午前2時ころ,酔っ払った
様子のVが歩いて帰ってきました。私は,Vを殺すため,その後ろから首にロープを巻き付け,思
い切りそのロープの端を両手で引っ張りました。Vは,手足をばたつかせましたが,しばらくする
と,動かなくなりました。私が手をVの口に当てると,Vは,息をしていませんでした。
5 私は,Vの服のポケットから車の鍵を取り出し,その鍵でV方にあった軽自動車のドアを開け,
Vの死体を助手席に乗せました。そして,私は,Vが運転中に誤って岸壁から転落したという事故
を装うため,その車を運転してM埠頭に向かいました。私は,午前3時過ぎころ,M埠頭の岸壁か
ら少し離れたところに車を止め,助手席の死体を両手で抱えて車外に持ち出し,運転席側ドアまで
移動して,その死体を運転席に押し込み,その上半身にシートベルトを締めました。そして,私は,
運転席側ドアから車内に上半身を入れ,サイドブレーキを解除し,セレクトレバーをドライブレン
ジにしてからそのドアを閉めました。すると,その車は,岸壁に向けて少しずつ動き出し,前輪が
岸壁から落ちたものの,車の底が岸壁にぶつかってしまい,車がその上で止まってしまいました。
そこで,私は,車の後ろに移動し,思い切り力を入れて後ろのバンパーを両手で持ち上げ,前方に
重心を移動させると,軽自動車であったため,車が少し動き,そのままザッブーンという大きな音
を立てて海の中に落ちました。私は,だれかに見られていないかとドキドキしながらすぐに走って
逃げました。
6 その後,私は,乙にVを殺したことを告げ,1月15日の夕方,乙と待ち合わせた喫茶店で,乙
から報酬の一部として現金30万円を受け取り,その翌日の夕方,同じ喫茶店で,乙から報酬の一
部として現金20万円を受け取りました。
甲 野 太 郎 指印
以上のとおり録取して読み聞かせた上,閲覧させたところ,誤りのないことを申し立て,欄外に指印
した上,末尾に署名指印した。(欄外の指印省略)
前 同 日
○○県□□警察署
司法警察員 警部補 P 印
【資料2】

(配点:100)
一 問題
以下の【事実】1から9までを読んで〔設問1〕から〔設問3〕までに,【事実】10から14までを
読んで〔設問4〕に,【事実】15から20までを読んで〔設問5〕及び〔設問6〕にそれぞれ答えよ。
【事実】
1.X株式会社(以下「X社」という。)は,機械を製造して販売する事業を営む会社である。X
社が製造する機械のうち,金属加工機械は,25の機種があり,それぞれの機種に1つの型番
が付されていて,その型番はPS101からPS125までである。
Y株式会社(以下「Y社」という。)は,ナイフやフォークなど金属製の食器を製造する事業
を営む会社である。Y社が製造する商品の中でも,合金を素材とするコップは,特徴的なデザ
インと独特の触感が好評を得ていて,人気の商品である。
A株式会社(以下「A社」という。)は,物品を販売する事業を営む会社である。A社は,従
来,Y社に物品を納入してきた実績がある。
2.Y社は,数年ぶりに,主力商品のコップを製造するために使用する金属加工機械を更新する
ことを決定し,これをA社から調達する方針を固め,Y社の役員であるBが,その実行に携わ
ることとなった。Bは,これまでA社との折衝に当たってきた従業員のCに対し,A社との交
渉においては,Y社の主力商品の製造に使用する高額の機械の調達であるから,諸事について
慎重を期するよう指示した。
3.Cは,A社の担当者と相談したところ,X社製の型番PS112という番号で特定される機
種の金属加工機械を調達することが適切であると考えるに至った。Cの意向を知ったA社の担
当者は,X社に問い合わせをし,型番PS112の機械の在庫があることを確認した。
4.このようにして,YAの両社間で交渉が進められた結果,Y社は,平成20年2月1日,A
社との間で,X社製の型番PS112の金属加工機械1台(新品)を代金1050万円(消費
税相当額を含む。)で買い受ける旨の契約を締結した。売買代金は,まず,そのうち200万円
を契約締結時に,また,残金の850万円は目的物の引渡しを受ける際に,それぞれ支払うこ
ととされた。そして,Y社は,同日,A社に代金の一部として200万円を支払った。
なお,A社は,前記の売買契約を締結する際,型番PS112の機械をX社から近日中に売
買により調達することをY社に伝えていた。
5.A社の担当者は,Y社との売買契約が締結された平成20年2月1日の夕刻,改めてX社の
担当者に電話をし,Y社に転売する予定であることを告げた上,X社から同社製の型番PS
112の金属加工機械1台(新品)を購入するに当たっての契約条件を協議した。この契約条
件の中には,AX間の売買代金額(消費税相当額を含む。)を840万円とすること,内金100
万円は銀行振込みとし,残金740万円についてはA社が支払のために約束手形1通を振り出
して交付すること,引渡しの時期及び場所のほか,次に示す注文書の備考欄①②の内容の条件
が含まれていた。契約条件の協議が整った後,A社の担当者はX社の担当者に対し,「後ほど発
注権限のある上司の決裁を得て,正式に注文書をお送りしますのでよろしくお願いします。」と
述べた。A社の担当者は,発注権限のある上司に対し,Y社に売り渡す型番PS112の機械
をX社から調達するための協議が整ったことの報告をし,その上司の決裁を得た上,次の注文
書を作成し,これをX社の担当者に送付した。この注文書の記載は,担当者間の前記の協議内
容を反映するものであるが,品名欄には,型番の誤記があった。

6.この注文書を受け取ったX社の担当者は,受注を決定する権限のある上司に対し,A社の担
当者と協議した契約条件で型番PS112の機械の販売を受注したいと説明し,その決裁を得
た上,平成20年2月7日,【事実】5記載の注文書と同一内容である注文請書をA社に送付し
た。なお,この注文請書においても,「(1) 品 名 弊社製の金属加工機械(型番PS122)」
と記載されていた。同月8日,これを受け取ったA社の担当者は,確かに注文請書を受け取っ
た旨をX社に連絡した(以下このXA間の売買契約を「本件売買契約」という。)。そして,A
社は,X社に対し,同月12日,代金の一部として100万円をX社の銀行預金口座に振り込
んだ。
7.X社の納品作業を担当する従業員は,注文請書の写しを参照しながら納品の準備を進め,平
成20年2月15日の午前に,A社との約定により直接にY社の工場に,型番PS122の機
械1台を搬入しようとした。しかし,Y社の側から,調達しようとしたのは型番PS112の
機械であることが指摘されたため,X社の前記従業員は,X社の受注事務担当者と連絡を取っ
たところ,Y社の指摘のとおりであることが確認された。そこで,いったん搬入を取りやめ,
改めて同日午後に型番PS112の機械1台をY社の工場に運んだ(以下この1台の機械を「動
産甲」という。)。Y社の担当者が,間違いなく動産甲が型番PS112の機械であることを確
認し,動産甲は,滞りなく同日中にY社の工場に搬入された。
そこで,同日,Y社は,A社に対し,両社間の売買の残代金850万円を支払った。また,
A社は,X社に対し,支払期日を平成20年4月30日とするA社振出しの額面額740万円
の約束手形を交付した。
8.動産甲の取引を担当したA社の担当者は,平成20年2月20日,Y社を訪ね,搬入の過程
で機種の取り違いがあった不手際を詫び,それにもかかわらず一連の取引が無事に終了したこ
とへの謝辞を述べた。応接に当たったCは,取引を慎重に進めるように求めた【事実】2記載
のBの指示を踏まえ,XAの両社間の代金決済について特にトラブルが起きていないか,とい
うことを質した。これに対し,A社の担当者は,代金の一部が既に支払われていること,及び
残代金の支払のため平成20年4月30日を支払期日とするA社振出しの約束手形を交付した
ことを説明したが,代金が完済されるまでX社が動産甲の所有権を留保していることは告げな
かった。Cは,この説明を受けたことで一応納得し,直接にX社に対し取引経過を照会するこ
とはしなかった。
9.その後,A社は,平成20年4月30日に前記約束手形に係る手形金の支払をせず,そのこ
ろに事実上倒産した。そこで,X社は,A社に対し,【事実】5記載の注文書の備考欄②の特約
に基づき,同年5月2日到達の書面により,本件売買契約を解除する旨の意思表示をし,また,
Y社に対し,同年5月7日到達の書面により,動産甲の返還を請求した。しかし,Y社がこれ
に応じないので,X社は,Y社に対し,所有権に基づき動産甲の返還を請求する訴訟を提起し
た(以下この訴訟を「本件訴訟」という。)。
〔設問1〕 本件売買契約は,何を目的物として成立したものであると考えられるか,理由を付し
て結論を述べなさい。その際,【事実】5記載の注文書及び【事実】6記載の注文請書にあった型
番誤記が本件売買契約の効力に影響を与えるか,錯誤の成否にも言及しつつ述べなさい。
〔設問2〕
⑴ X社のY社に対する本件訴訟において,Y社が,自己の即時取得によりX社が動産甲の所有
権を喪失したことを主張しようとするときに,「A社が,平成20年2月1日,Y社との間で,
【事実】4記載の売買契約を締結したこと」のほか,次に掲げる事実①及び事実②を主張立証
する必要があると考えられるか。それぞれ理由を付して説明しなさい。
① A社が,Y社に対し,平成20年2月15日,【事実】4記載の売買契約に基づき動産甲を
引き渡したこと。
② Y社が,①の引渡しを受ける際,A社がX社に対し代金全額を弁済していない事実を知ら
なかったこと。
⑵ 本件訴訟においてY社のする即時取得の主張に対し,X社から,それへの反論として「Y社
は,A社に動産甲の所有権があると信じたことについて過失がある。」との主張がされた場合に
おいて,Y社の過失の有無を認定判断する上で,次に掲げる事実③及び事実④は,どのように
評価されるか。それぞれ理由を付して説明しなさい。
③ 【事実】4記載のとおり,Y社が,A社がX社との売買により目的物を調達することを知
っていたこと。
④ 【事実】8記載のとおり,Y社が,本件売買契約の残代金が平成20年4月30日を支払
期日とする約束手形で支払われることを知っていたこと。
〔設問3〕 X社は,本件訴訟において,Y社に対し,動産甲の使用料相当額の支払も併せて請求
したいと考えた。X社は,どのような法的根拠に基づいて,いつからの使用料相当額の請求をす
ることができるか,考えられる法的根拠を一つ示し,その法的根拠が成り立つ理由及びいつから
の請求をすることができるかの理由を付して説明しなさい。
【事実】 以下の10から14までは,【事実】1から9までのX社に関するものである。
10.X社は,監査役会設置会社であり,発行済株式総数(普通株式のみ)10万株,株主数50
00人の上場企業である(単元株制度は採用していない。)。X社は,財務状況が悪化したため,
同じ機械メーカーであり,X社の発行済株式の5%を長年保有して友好関係にあるZ株式会社
(以下「Z社」という。)に対し,事業の柱の一つである精密機械製造事業を譲渡するとともに,
同社との間に研究,開発,販売等の面における協同関係を築くことにより,この苦境を乗り切
ろうと考えた。そして,X社は,平成20年6月2日,Z社との間で,事業の譲渡及び協同関
係の構築に向けた交渉を始めるための基本合意を締結した(以下この合意を「本件基本合意」
という。)。
11.ところが,本件基本合意の締結後,X社は,財務状況の悪化が急速に進み,キャッシュフロ
ーの確保も難しくなったため,本件基本合意に基づくZ社への事業の譲渡によって得ることが
できる対価による収入や,同社との協同関係の構築だけでは,企業としての存続が危うくなっ
てきた。
12.そのような折,Z社のライバル企業である機械メーカーのD株式会社(以下「D社」とい
う。)がX社に対して合併を申し入れてきた。合併の条件は,X社の普通株式4株にD社の普通
株式1株を交付するという合併比率によって,D社を吸収合併存続株式会社とし,X社を吸収
合併消滅株式会社とする吸収合併を行うというものであり,D社は,X社の精密機械製造事業
に魅力を感じ,同事業を含めてX社の事業全部を吸収合併により取得することを申し入れてき
たものであった。
13.X社の取締役会は,Z社よりも企業体力に優るD社に吸収合併されれば,X社は独立した企
業ではなくなるものの,同社の財務状況の悪化やキャッシュフロー不足の問題が解決され,事
業全体の存続や従業員の雇用の確保につながると考え,平成20年10月8日,Z社との本件
基本合意を白紙撤回した上,D社から申入れのあったとおりの合併条件により,X社がD社に
吸収合併されることを受け入れることを決めた。
14.これに対し,Z社は,X社の精密機械製造事業を何としても手に入れたいと考え,X社に対
し,本件基本合意に基づく事業の譲渡及び協同関係の構築の実現を迫り,D社との合併に反対
した。Z社は,本件基本合意に基づき,X社を債務者として,D社との合併の交渉の差止めの
仮処分命令の申立てを行ったが,当該申立てが却下されたため,X社に対する本件基本合意違
反を理由とする損害賠償請求の訴えの提起を準備している。また,Z社は,X社とD社の合併
は,両社の企業規模や1株当たり純資産の比較,X社の培ってきた取引関係や評判等からすれ
ば,その合併比率がX社の株主にとって不当に不利益なものとなっており,また,私的独占の
禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)第15条第1項第1号に規定
する「当該合併によって一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」に
当たり,同法に違反するものであると主張し(独禁法違反の点は,実際に認定され得るもので
あった。),合併に反対している。
〔設問4〕 Z社は,X社の株主としての権利を行使し,合併契約の締結や当該合併契約の承認を
目的とする株主総会の招集を阻止したいと考えている。Z社は,X社の株主として,どのような
会社法上の手段を採ることができるか。理由を付して説明しなさい。
【事実】 【事実】10から14までのX社については,その後,以下の15から20までの経過があった。
15.X社は,Z社の反対にもかかわらず,D社との間で合併契約を平成20年10月15日に締
結し,X社取締役会は,当該合併契約の承認を目的とする臨時株主総会を同年12月1日に開
催することを決定したことから,同社取締役は,その招集通知を発するとともに,株主総会参
考書類及び次の議決権行使書面を株主に交付した。

16.これに対し,Z社は,合併条件がX社の株主にとって不利益であるとして,X社の株主に対
し,合併契約の承認に反対する内容の委任状勧誘を行った。このZ社による委任状勧誘は,次
の委任状用紙に基づいて行われており,金融商品取引法に従って行われたものであった。

17.X社に議決権行使書面を提出して行使された議決権の数は,合計3万6000個であった。
そのうち,合併契約の承認議案に賛成と記載されていた数は5000個で,同議案に反対と記
載されていた数は2000個,さらに,同議案に対する賛否の記載がされていない数は2万
9000個であった。これに対し,Z社に委任状を交付した株主の議決権の数は,合計1万
2050個であった。そのうち,会社提案の合併契約の承認議案に反対と記載されている委任
状の議決権の数は2000個で,同議案に賛成と記載されている委任状の議決権の数は50個,
さらに,同議案に対する賛否の記載がされていない委任状の議決権の数は1万個であった。
18.平成20年12月1日,X社の臨時株主総会が開催された。この臨時株主総会において議決
権を行使することができる者を定める基準日現在において,X社は自己株式を保有しておらず,
また,相互保有株式も存在しなかった。
19.Z社は,X社の臨時株主総会の議場に1万2050株分のすべての委任状を持参し,自ら保
有する5000株分と合わせて,特に留保なしに,合併契約の承認議案につき,議決権を行使
して反対の意思表示を行った。当該臨時株主総会におけるZ社以外のX社株主による議決権行
使(議決権行使書面によるものを除く。)は,合併契約の承認議案への賛成が6000個で,反
対が1000個であった。議場においては,X社とZ社が議案の当否及び投票内容の賛否への
算入方法をめぐって激しく対立し,混乱したが,定款の定めにより議長とされているX社の代
表取締役社長Eは,Z社の提出した議長不信任動議や,投票数の算入方法に対する抗議を無視
し,合併契約の承認決議の成立を宣言した。
20.その後,X社は,平成21年4月1日を合併の効力発生日とする合併の登記を行うこととし
ている。
〔設問5〕 X社の臨時株主総会において,合併契約の承認議案に対し,賛否それぞれどれだけの
数の議決権の行使があったと考えるべきか。次の①及び②の場合に分け,それぞれ理由を付して
説明しなさい。
① X社株主には,X社に議決権行使書面を提出しつつ,Z社に委任状を交付した者はいなかっ
た場合
② X社株主には,X社に議決権行使書面を提出するとともに,Z社に委任状も交付し,いずれ
においても合併契約の承認議案に対する賛否の欄に賛否を記載しなかったFがおり,同人の有
する議決権が100個含まれていた場合
〔設問6〕 X社の臨時株主総会の終了後,Z社が合併の実現を阻止するためには,会社法に基づ
き,どのような手段を採ることができるか(〔設問4〕で解答した手段を除く。)。合併の効力が発
生する前と後とで分け,それぞれ理由を付して説明しなさい。
(配点:200〔〔設問1〕から〔設問6〕までの配点の割合は,1.4:4.8:3.8:3:4:
3〕)